戦闘服に身を包んだビヨンセが装甲車に乗り込むと、建物から煙が立ち上る。ブルキナファソの軍指導者、イブラヒム・トラオレ大尉もビデオに登場し、銃を発砲する。「民衆の道を切り開き、帝国の支配の鎖を断ち切る戦いにおいて、神よイブラヒム・トラオレを守りたまえ」と歌詞にはある。
しかし、実際にはビヨンセもイブラヒム・トラオレも本人ではない。このビデオは、人工知能を用いて本物そっくりに作られた「ディープフェイク」と呼ばれるコンテンツである。
4月下旬以降、トラオレ氏を汎アフリカの英雄として描いたAI生成動画が数百本、サハラ以南アフリカのソーシャルメディアに溢れかえっている。これらの動画の 多くは誤った情報を含んでいる。
このトレンドは広範囲に及んでおり、ナイジェリア、ガーナ、ケニアなどの国々のX、Facebook、Instagram、TikTok、WhatsApp、YouTubeのソーシャルメディアユーザーが、トラオレ氏を他のアフリカの指導者たちの模範として称賛している。一部のインフルエンサーは自らを「汎アフリカ主義者」と称し、地方政府への失望感を利用している。

画像キャプション:ナイジェリアとケニアは、Xでトラオレに関する記事を最も多く掲載している10カ国に含まれています。

画像キャプション:言及トラオレ氏、2025年5月にXに関する支持率を上昇
真摯な支援、あるいは組織的な支援
2022年に西アフリカのこの国で権力を掌握した37歳の軍事政権指導者は、反帝国主義の擁護者として自らを位置づけ、西側諸国、特にフランスによる干渉を批判する一方で、ロシアを戦略的同盟国と位置付けている。
トラオレ氏の大統領就任後、ブルキナファソでは民主主義の衰退が見られ、ジャーナリストや野党関係者が拘束され、軍に徴兵されているとの報告が相次いでいる。ヒューマン・ライツ・ウォッチの最近の報告書は、3月の攻撃で政府軍が少なくとも100人の民間人を殺害したと非難している。
しかし、トラオレ氏の数々の公の場での発言と、「地に足の着いた」指導者としてのイメージは、国際的にもブルキナファソ国内でも強い支持を集め、首都ワガドゥグーの街頭には多くの支持者が集まるようになった。彼を、1987年のクーデターで暗殺されたブルキナファソの象徴的な元軍事指導者、トーマス・サンカラの「生まれ変わり」と評する人もいる。
観察者によると、多くのアフリカの若者は現状と政府にうんざりしており、西側諸国との関係に疑問を呈するなど、トラオレ氏の主要なメッセージに共感を示している。彼は雄弁術とメディア戦略に長けていることで知られており、それが彼を模範とすべき指導者と見なす人がいる理由の一つでもある。
トラオレ氏はアフリカ全土で確固たる支持を得ている一方で、「こうした言説を助長するためにAI生成コンテンツが増加していることは、それが自然発生的なものではないことを示唆している」と、アフリカ大陸における偽情報調査を行う非営利団体Code for Africaの上級アナリスト、エリウド・アクウェイ氏は述べている。
AIナレーションによる動画の中には、プロのニュース報道を装いながら、トラオレ氏や彼の政権に関する誤解を招くような主張を含むものもある。
トラオレ氏のボディーガードの一人が「彼を殺害するために500万ドルを提示された」と主張する動画は、100万回以上再生されている。ブルキナファソでは、トラオレ氏が政権を握って以来、クーデター未遂事件が報告されているが、実際にクーデターが起きたという証拠はない。
特に人気を集めている動画は450万回再生されており、飛行機内でトラオレ氏が客室乗務員に気づかれず、フランス人ビジネス マンにビジネスクラスの席を譲るよう求められるという架空の出来事を描いている。この動画は「フィクション」と明記されているにもかかわらず、多くのYouTubeチャンネルがまるで実話であるかのようにこの話を拡散している。
オハイオ大学コミュニケーション学部の助教授で、ブルキナファソ出身のラサン・ウエドラオゴ氏は、「ソーシャルメディア上のメッセージの中には、希望的観測に基づくものもあれば、実際の出来事に基づいているものの、大幅に誇張されているものもある」と説明する。
一方、偽ミュージックビデオがキャンペーンの新たな戦術として登場し、セレーナ・ゴメスやリアーナといった有名人がトラオレ氏と共演している。わずか1週間で40本以上がYouTubeにアップロードされた。
トラオレ氏と歌手R・ケリーが共演するディープフェイク動画を制作したナイジェリア人クリエイターに話を聞いた。この動画は180万回再生されている。
「私がこれを作った唯一の理由は、『イブラヒム・トラオレ効果』です」と、西アフリカの指導者のファンだと自称するオグジ・ナムディ・ケネス氏(33歳)は説明する。彼はこの動画でYouTubeの収益化を通じて2000ドルを稼いだと主張している。「これは完全に人工知能によるものです。人々はそのことを知っておくべきだと思います。私は誰かを騙そうとしているわけではありません。」
トラオレ氏支持派のアカウントはベオグラードでの反政府デモの映像を共有しており、トラオレ氏を支持するデモ行進も組織されている。
写真提供:X
キャプション:トラオレ支持派のアカウントはベオグラードでの反政府デモの動画 を共有しており、トラオレ氏を支持するデモ行進も組織されている。
金準備高
汎アフリカ主義のソーシャルメディアアカウントは、2023年7月にトラオレ氏がロシア・アフリカ首脳会議のためにサンクトペテルブルクを訪問した際、トラオレ氏の知名度向上に躍起になった。ロシアのプーチン大統領とのツーショット写真や演説の様子は、ロシア国営メディアを含むインターネット上で広く拡散され、トラオレ氏の地域におけるイメージを大きく高めた。
その後、トラオレ氏への新たな支持とプロパガンダの波が押し寄せた。それは今年4月初旬、米国で提起された疑惑をきっかけに始まった。
米上院公聴会において、アフリカ軍司令官のマイケル・ラングレー将軍は、トラオレ大統領が政権維持のために国の金準備金を利用していると非難した。これを受けて、ソーシャルメディア上では汎アフリカ主義的なメッセージが拡散し、米国がトラオレ大統領の失脚を画策しているという主張が広まった。これらのメッセージの多くは誤った情報を含んでいた。
4月22日、X(ソーシャルメディア)で約100万人のフォロワーを持つアカウントが、ラングレー将軍が米上院で「ブルキナファソのイブラヒム・トラオレ大統領は国民にとって脅威である」と述べたと投稿した。
しかし、BBCが入手した公聴会の議事録によると、ラングレー将軍はブルキナファソの金準備金からの収益は「軍事政権を守るための単なる交渉材料」に過ぎないと述べていた。
Code for Africaのデータによると、ラングレー氏の発言後、165のFacebookアカウントからなるネットワークが、同一のメッセージングアプリを使っ て、ロシアのプーチン大統領がトラオレ氏を米国から守るために特殊部隊を派遣したという虚偽の主張を拡散し、わずか10日間で1090万回以上の再生回数を記録した。
実際には、ロシア軍は既にブルキナファソに駐留し、米国の発言とは無関係の対テロ作戦を実施していた。
また、別のユーザーはX上で、大勢の人々が集まっている様子を映した動画を投稿し、「フランスでイブラヒム・トラオレ氏とブルキナファソの主権のために行進する群衆を見てください」と書き添えた。
2023年7月29日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が、サンクトペテルブルク近郊のストレリナで、ブルキナファソの軍事政権指導者イブラヒム・トラオレ大尉と会談した。
写真提供:ゲッティイメージズ
画像キャプション:ロシア国営メディアは、アフリカにおけるトラオレ氏のイメージを著しく高めている。
しかし、動画のあるシーンを逆画像検索したところ、動画に映っている建物の1つは、セルビアのベオグラードにある聖マルコ正教会であることが判明した。この動画は、2025年3月にベオグラードで行われた反政府デモの様子を映したものです。
この動画は3,000件の「いいね!」を獲得し、ソーシャルメディア上で偽情報として報告されることはありませんでした。
ガーナ在住のブロガー、スレイマナ・モハメド氏は、同じ動画をFacebookに投稿し、南アフリカで行われたトラオレ支持デモの様子だと主張しました。BBCから事実ではないと指摘された後も、モハメド氏は自身の主張を譲りませんでした 。
「私たちが指導者について語っていることを、まるで真実ではないかのように扱う人がいるのは、実に滑稽だ」と彼は述べました。
自身を汎アフリカ主義者と称するモハメド氏は、トラオレ氏を尊敬する理由として、「彼はアフリカの人々が長年探し求めてきた人物像を体現しているからだ」と語りました。